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マスター・スクリーン

マスターをしている時、プレイヤーにダイスの目を見せたくない時がある。

例えば、プレイヤーが罠を調べた時。

罠があって判定に成功した場合…「罠が見つかったよ」
罠があって判定に失敗した場合…「罠は見つからなかったよ」
罠が無くて判定に成功した場合…「罠は見つからなかったよ」
罠が無くて判定に失敗した場合…「罠は見つからなかったよ」

下3つは状況が異なるけど、マスターが伝えている事は同じだよね。物を探してて見つけられればいいけど、ちゃんと探せて無くても、そこに探してる物が元々無くても、見つからない事には変わりは無いからね。だから、状況は違っても、得られた結果しか、マスターは伝えないんだ。

でも、マスターが振ったダイスがプレイヤーに見えたら、
「あっ、あんなにいい目を振ってるって事は、俺が失敗しても罠はあるかもな」
などと、キャラクターが知り得ない情報をプレイヤーが知ってしまい、それがプレイに現れてしまうと、ロールプレイという事を考えた時に少々問題だったりする。
ロールプレイングゲームとは、役割を演じるゲームだよね。
キャラクターの行動を考えるのはプレイヤーだけど、キャラクターはプレイヤーの分身では無い。現代社会の常識とは異なる世界に住んでいる。ファンタジー世界ならば、科学知識なんか知らないし、プレイヤーが知ってるモンスターをキャラクターは知らなかったりする。メデューサを肉眼で見てしまうと石化してしまう事は、プレイヤー知識として知っていても、メデューサを知らないキャラクターはそんな事知らないから、メデューサを他のモンスターと同様に認識して姿を見てしまう可能性があるんだ。
つまり、プレイヤーはマスターの振ったダイスの目を知る事で、余計なプレイヤー知識を得てしまう事があるんだよ。

それに、GMにも色んなスタイルがいて、厳密主義のマスターもいれば、流れ重視のマスターもいる。
前者は出たままの結果でゲームを進行するし、後者はダイスの目に修正を加えて、キャラクターを助けたり、苛めたりするんだ。後者のマスターはサイコロを振らなくてもいいんじゃないの?と思う人もいるかも知れないけど、それならわざわざ人と人が集まって遊ぶ必要は無い。ゲームブックをやればいいんだもの。マスターが一見無意味なダイスを振るのは、プレイヤーとの駆け引きだったりもするんだ。
無意味にサイコロを振る事で、心理的に揺さぶる事だって出来る。
平坦な道より、起伏がある方が楽しい。
マスタリングも同じ事で、メリハリをつけた方が、プレイヤーも楽しいのさ。
もちろん、ルールに厳密に従う事だって構わない。キャラクターが死んでしまったプレイヤーはショックを受けるけど、逆に言えば、死なないと分かっていたら、ショックは無い訳で、シビアだからこそ、本気になってゲームを楽しむ事にも繋がる訳だしね。
まぁ、色んなマスタリングがあって楽しいんだけど、どんなタイプのマスターだってプレイヤーに見せたくない情報はある。
例えばダンジョンの地図だったり、謎の答えだったり。
そういう情報を遮断する為のアイテムがマスター・スクリーンという代物なんだ。
マスター・スクリーンというのは衝立の事なんだけど、製品として売られてるヤツは、よく使うルールが小さくまとめられて(ルールサマリーと同じ)記載されていたんだよ。
マスター側にはマスターに便利なルールが、プレイヤー側にはプレイヤーに便利なルールのまとめが載っていたりする。
この衝立の中にダンジョンの地図を隠せば、プレイヤーから見られる心配が無い訳。また、振ったダイスの目もバレないんだから、便利なんだ。
もっとも、全てのゲームにスクリーンがあるかと言えば、無い場合も多いから、慣れてきたら自作してみよう。
大きめの厚紙を三つ折りにすれば衝立の完成だし、ルールサマリーを小さくコピーして貼り付ければ、文句無しのマスター・スクリーンの完成って訳さ。
また、市販のバインダーを立ててもマスタースクリーンとして使えるよ。

Dungeons and Dragons Gamer's Club

このコントではAD&Dが遊ばれてるんだけど、DMがマスタースクリーンを使っているんだ。
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